大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(う)1141号 判決

被告人 武村健一こと裴龍植

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は被告人及び弁護人安村幸作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点及び被告人の控訴趣意について

弁護人の論旨は、本件強姦は共犯による単純強姦事件として起訴されたものであるが、被害者Aは本件強姦の公訴提起の前日である昭和四〇年二月一一日検察官に対し共犯者金田隆一に対する告訴を取り消しているのであるから、右取消の効果は告訴不可分の原則により共犯者たる被告人に対しても生ずることになる。従つて、本件強姦の公訴については公訴棄却の裁判をすべきであるのにかかわらず、原審がこの点を看過して実体審理をしたのは違法であるといわなければならない。次に原判決は、被告人は金田とは共犯関係になく、被告人単独の強姦と認定しているけれども、元来共犯関係の有無は告訴取消の時を基準として判断すべきであるから、審理の結果共犯が否定されても、告訴欠缺という当初の訴訟条件の瑕疵が治癒されるものではないのであつて、公訴棄却は免れないといわなければならない。かりに右の場合に訴訟条件欠缺の瑕疵が治癒されるとの見解に従うとしても本件強姦は原判決のいう如く被告人の単純強姦ではなく被告人と金田との共謀による強姦と認定すべきであるから、いずれにしても本件強姦については公訴棄却の裁判をすべきである、というのであり、被告人の論旨は、被告人はAを強姦した事実はなく、同女と合意のうえ関係を結んだものである、というのである。

よつて記録を検討するに、本件強姦の起訴は昭和四〇年二月一二日であり、起訴状によれば、その公訴事実として「被告人は金田隆一と共謀の上昭和四〇年一月二一日午後十時頃富田林市須賀五七三番地やよい旅館においてA(当二四年)を頭髪をつかんで引張り倒す等の暴行を加えて下半身裸体となし順次その上に乗りかかつて強いて姦淫したものである。」旨、罪名、罰条として「強姦、刑法第一七七条」の各記載がなされている。そして、検察官は原審第一回公判で「本件は共謀はあつたが、実行々為は共同でしてないので刑法第一八〇条第二項は適用しなく、刑法第一七七条前段の単純強姦の主張である。」旨、更に原審第三回公判で「第一回公判においてなした本件は単純強姦である旨の主張は撤回する。本件は刑法第一八〇条第二項の適用があるものである。」旨それぞれ釈明しているのである。ところで右公訴事実の記載によると、「順次その上に乗りかかつて強いて姦淫した」というのであるから、刑法一八〇条二項のいわゆる輪姦の起訴ではないかと考えられるのであるが、裁判官は全くの白紙の状態で第一回公判に臨むものであるから、検察官が第一回公判で前記の如く刑法一八〇条二項の適用のある事件ではなく、共謀による単純強姦であると釈明した以上裁判官は右見解に従うほかなく、当時もし共犯者金田隆一に対する起訴前における告訴の取消が判明していたならば審理を打ち切り被告人に対する本件強姦の公訴は棄却すべきであつたと考える。しかしながら、第一回公判の段階では告訴取消のあつた点に関する証拠はなんら取り調べられておらず(右公判において検察官から提出された被害者Aや共犯者金田隆一の供述調書は全部不同意となつたため)原裁判所は被害者Aが金田に対する告訴を取り消していることを知り得なかつたといわなければならないからこの段階で公訴棄却をしないで審理を進めた原審の措置を責めることはできない。そして、原審第二回公判ではA、金田隆一が証人として尋問されたほか、Aの金田及び被告人に対する告訴調書、被告人の捜査機関に対する供述調書が取り調べられたが、右公判においても告訴取消の調書は提出されず、ただ、証人Aは弁護人の「金田の告訴は取下げたのか」との問に対し「はい」と証言しているから、この段階で金田に対する告訴取消の事実は、取消の時期を除き一応判明したのである。しかし、その時までに取り調べられた証拠によると、後に認定したように被告人と金田との間に果して強姦の共謀があつたかどうかならびに現場において共同して姦淫がなされたかどうかの点についてむしろ消極的に認定すべき状況であつて、その後の審理においてもこれを覆えすことが困難であると予想し得たことが窺われるのである。

ところで共犯であるかどうかは本来訴訟の最終的段階において初めて確定するものであり、それまでは単なる嫌疑に過ぎないものであつて、この原則を貫く限り審理の結果被告人の単独強姦ということになれば金田に対する告訴取消の効果は本件に影響しないから被告人に対する告訴の効力は依然として存続しているわけであるし、また金田と被告人が共同して犯した輪姦であれば告訴の取消自体問題とならないことになる。しかし、それでは親告罪を認めた趣旨に副わぬことになるから、一般に公訴提起の時を標準にし、決すべきものと解しなければならない。そうだとすれば本件起訴状の記載と前記第一回公判における検察官の釈明により明確になつた検察官の起訴当時における本件事犯に対する公訴事実を標準とする限り金田に対する告訴が本件起訴前に取り消されている以上本件公訴は告訴の効力が消滅した後になされた瑕疵あるものということができよう。しかしながら、公訴提起後第二回公判までの間右の瑕疵が判らなかつたため審理を進め、その結果単独強姦である事実が次第に明確になり、公訴事実記載の共犯の嫌疑が殆んどなくなつてきた場合においても、なおかつ公訴提起の時を標準とすることはその発展段階に応じた適切な事案の解決を図るうえからは妥当とはいえないし、又金田に対する告訴を取り下げたという前記証言もそれだけではその日時、内容が不明(但し、この点を確かめるべきであつた)であつて、右取下が公訴提起前であつたことが明確にされていないから原審がこの段階で公訴棄却をしなかつたとしても違法であるとはいえない。そして原審は第三回公判で検察官が本件は刑法一八〇条二項の共同強姦であると主張し、これを立証するために在廷証人として申請した金田隆一と同人に対する告訴取消の内容を記載したAの検察官調書を取り調べたのである。右調書によると、調書作成は同四〇年二月一一日であり、その要旨は、「金田さんの方は今まで余り前科もなく私の方へも謝りに来て誠意を見せておりますので告訴を取下げさせてもらいます。裴龍植の方は今までにもさんざん悪いことをしており、今度やつたことについても嘘ばかりついておりますので厳重に処罰してもらいたい。」というのである。従つて金田に対する告訴の取消は本件強姦の起訴の前日になされていることが初めて明白になつたのであるが、右段階では、本件強姦の事実関係が後記の如く明確になつていたのであるから、これを無視して、本来共犯でない金田に対する告訴取消の効力が及ぶものと解することは妥当でない。(本件事犯とは反対に単純強姦として起訴せられ、審理の結果共犯者のあることが判明した場合、共犯者に対する告訴取消の効力が被告人に及ぶものと解する)以下本件事犯につき被告人の論旨をも併せて検討する。原判決挙示の関係証拠を綜合すると、被告人はAが貞操観念の低い女であると聞いていたので同女をどこかに連れ出し口説きおとして関係を結ぼうと考え、同女方付近の花屋食堂で金田隆一に対し「あの女はわしの女の友人で心易くしている女や、酒ずきやから飲ませたらいけるんや、やよいに連れて行こう」というと、同人もその気になり間もなく原判示「やよい」旅館に赴き、二階桔梗の間で被告人と金田隆一及びAの三名で飲酒雑談し、そのうち金田が気を利かして席を立ち二階洗面所のところに行つたこと、そこで被告人は同女に情交を迫つたところ、同女が容易に応じないため、この時になつて初めて強引に姦淫しようと考えるに至りいきなり同女の髪の毛を右手で引つ張つて、仰向けに押し倒し、大声で救いを求める同女を両手で押えつけ、スカートやズロースを脱がせさせ、同女の上に乗つて強いて姦淫したこと、一方洗面所のところで待機していた金田は同女の助けを求める声を聞きながら一階にある風呂に入り、約一〇分位して桔梗の間の隣室に引き返し横になつていると、被告人が呼ぶので桔梗の間に入り、ふとんの中で横になつている同女に情交を迫り強いて姦淫したこと、被告人は自分が関係した後その場を立ち去り一階にある風呂に入つたことが認められるのである。右事実によると被告人と金田との花屋食堂での相談は同女に酒を飲ませた上、同女の承諾の下に情交をしようとの趣旨の程度を出でないものと解せられ所論の如く金田との間に強姦の共謀があつたとするのは行き過ぎであり、また「やよい」旅館における被告人及び金田の各強姦の状況より考え刑法一八〇条二項にいう「現場ニ於テ共同シテ犯シタル」場合にも該当しないことが明らかである。もつとも金田において被告人の犯行を利用した点は認められるが、これをもつて共謀があるとはいえず結局原判決説示のとおり、被告人と金田との強姦行為は各自別個の犯行であると認めるのが相当である。してみると、被告人に対する告訴と金田に対する告訴はそれぞれの強姦行為に対する告訴であると認められるから告訴不可分の原則の適用はなく、勿論金田に対する告訴の取消は被告人の告訴に影響を及ぼすものではない。以上の次第であつて、本件強姦の公訴は前記の如く起訴当時においては告訴の欠缺により不適法であつたのであるが、その後の事実取調の結果共犯でない二個の強姦が成立することが判明したのであるから、告訴欠缺という当初の訴訟条件の瑕疵はその後の訴訟の発展に伴い治癒されたと解するのが相当である。そして二個の強姦が併存する場合にそのうちの一つに対する告訴ならびにその取消は可能であるから、右の如く瑕疵が治癒されると解しても被害者の感情を重視する親告罪の趣旨に反するものではない。従つて原審が不法に公訴を受理したとはいえず、又所論のような事実の誤認があるとは認められないから、各論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点について

論旨は量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査し当審における事実の取調の結果を参酌しても被告人に対する原判決の刑は重すぎるとは考えられないから、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条、一八一条一項但書により主文のとおり判決する。

(裁判官 笠松義資 中田勝三 荒石利雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例